- 以前は東京の真ん中でビジネスマンをされていたそうですね。
宮城県仙台市で会社を経営している家に生まれたので、子どもの頃から漠然と父の後を継ぐ人生を考えていました。

大学卒業後は、東京で結構デキるビジネスマンとして頑張っていたのですが(笑)、2010年6月、母が急きょ他界。その9カ月後には東日本大震災が起こりました。

仙台の実家でひとり父が被災したため、帰郷して父の仕事を手伝う決心をしました。ところが、混乱の中、ようやく連絡がついた父から言われた言葉は「帰らなくていい。お前は自分の人生を生きろ」でした。

実際、震災直後は交通も分断されていたので帰郷も困難だったとは思いますし、父の深い愛情ゆえだったとは思いますが、その言葉は衝撃でした。

将来のために、と大学院に入り経営学の勉強を始めたばかりでしたし…子どもの頃から描いて来た未来像が砕けた思いでした。はしごを外された、というか。

進むべき道を失った僕は、あちこちの自己啓発セミナーに通い、ある時、ヨガで人生が変わった人の話を聞きました。

講演会の帰り、すぐヨガ教室に入会したのはいいんですが、いきなり上級者クラスに入ってしまって。頭立ちをしている人たちがたくさんいたのですが、人に 負けたくない、という意識の強かった僕は、力技で頭立ちにトライ。すると、案の定、首がグキッと…。

頸椎を傷めたこともあり鬱っぽくなり、仕事もお金も人間関係も…なにもかもうまくいきませんでした。ヨガと出会ってもなんにも良いことがない、ってその頃本気で思ってました(笑)。
- 最初は手痛さとともにヨガと出会ったんですね。
はい。それで、悶々としていたある日、入浴中にふと目を閉じたとき、妻の故郷の鹿児島へ行くビジョンが浮かんだんです。家族みんなが鹿児島で楽しそうに笑っている姿が見えた。

そのビジョンだけを頼りに鹿児島に移住しました。友人も知人もいない不慣れな土地でしたが、セミナー講師やコーチの仕事を開拓し、徐々に軌道に乗せていきました。

その一方、もっと、もっと、と貪欲に成功を追い求める自分がいました。力が入っていたせいか、慢性的に肩も腰も凝って、体重も重かった。そんな時、ふと思い出したのがヨガでした。

直観的にピンと来て行ったShanti-Peaceには癒しの気が満ちていると感じました。今でも鮮明に覚えているのは、シヴァナンダヨガのレッスン中に聞こえてきた「そのままで大丈夫です。すべてうまくいきます」という慈愛にあふれた先生の声。

涙があふれ、深い所からの癒しと浄化を体感しました。コーチングやセミナーを通して伝えたかったことはこれだ、自分が求めていた世界はここにあった。そういう思いが湧き上がり、ヨガのとりこになりました。

そして半年後にはタイでのTTCに参加。その際に受けた本場のタイ古式マッサージにもはまり、翌年再度タイへ渡り、タイ古式マッサージの資格も取得しま した。タイ古式マッサージは、タイでは「二人でするヨガ」とも言われていて、ヨガとつながりがとても深いように感じたのです。

タイ古式マッサージとヨガを提供するサロンを開いて半年くらいしたころ、ヨガスタジオShanti-Peaceのオーナーにならないかと打診を受け、これもヨガへと続く道だと思って引き受けました。

ヨガから始まったストーリーは、またヨガに戻ってきたんです。でもどんどん本来の自分に近づいているような気がします。
- 余計なものを削ぎ落とす中で行き着いたのが‘自分自身’だったんですね。
ほかの先生たちもこのインタビューで言われていますが、人はプラスにもマイナスにも振れます。そのどちらでもない、真ん中の静かな場所に戻ることができるのがヨガだと思っています。

そして、すべては一つであって、みんな安全で自由だということが分かる。

社会で生きていれば、いろいろとらわれることもあるし、揺れることもあるけれども、ヨガを知ることで平安な場所への戻りが早くなります。

いま、体とハートがつらい人ほど、ヨガを通じて得られる解放感は大きいと思います。

Shanti-Peaceでは、この感覚を安心して味わってもらえる場と時間を提供していきたいと思っています。
※インタビュアー:児玉仁美(ライター)